15名の契約社員、年俸社員が賞与、昼食手当、住居手当、家族手当の不支給措置の違法性を争い、約1億4000万円の損害賠償を求めた事案で、神戸地裁姫路支部が190万円の賠償しか認めない判決を下したこと、実質的には完全な敗訴判決であったことはブログにも書きました。
この科学飼料研究所事件の判決が、毎月2回発行される労働判例という雑誌の7月1日号(1224号)の冒頭に掲載されたところ、労働事件でいくつもの成果をあげておられる京都の塩見卓也弁護士が、「本日の『労働判例』の最新号、読んでる俺のメンタルがやられそうな酷い判決が多い」とtweetされており、これを読んで、Twitterを使っていない(使えない)ため、有志の弁護士、学者らで組織され、塩見弁護士も私も加入している非正規会議のメーリングリストに、「(労働判例)最新号で塩見さんのメンタルをやった1件は、間違いなく科学飼料研究所の判決だと思うのですが、3月22日に判決をもらってからも、私もメンタルを深くえぐられてきました。それぐらいひどい判決だと思っているのですが、控訴審では少しはどうにかできるように頑張りたいと思います」とのメールを送りました。
このメールに塩見弁護士から、労働判例の最新号(1224号)に掲載されている4件の判決について、科学飼料研究事件の判決で「20条裁判の後退を感じ、2つ目の事件で『暴力が原因で精神疾患発病でも会社の責任を認めないのか!』と怒り、3つ目の事件で「女性の派遣労働者がセクハラ被害を訴えて派遣切りされても10万円の慰謝料だけかよ!」とさらに怒り、4つ目の判決で少しはいいところがないかと思ったら、海外出向の事案で理論的に確かに難しい事件ではあるけど、労働者側敗訴で、『救いがない』と思いました」との返信を頂きました。
セクハラ、パワハラ事案の慰謝料、殊に被害者が重度の精神疾患を発症するに至らない、屈辱感、嫌悪感を抱かせるにとどまる、あるいは羞恥心を味あわせるにとどまるセクハラ、パワハラ事案について裁判所が認める慰謝料は30~50万円がいわゆる相場とされていますが、数万円の慰謝料しか認められない事案も少なくなく、塩見弁護士が指摘するとおり、労働者側で事件をやっている弁護士としては低きに失しすぎるということを、いつも感じています。
ところで、セクハラ、パワハラ案件ではありませんが、ジャーナリストの伊藤詩織さんが、Twitterに「伊藤詩織って偽名じゃねーか」と投稿された上、自己破産したかのような虚偽の内容を伝えられたとして、大澤昇平・東京大学大学院元特任准教授を訴えていた裁判で、東京地裁は、7月6日、大澤氏に33万円の損害賠償と投稿の削除を認める判決を下しました。
判決は、「原告を攻撃した悪質な投稿」「原告に与えた精神的な苦痛は軽視できない」と述べているようで、私の担当した科学飼料研究所の事件と異なり、伊藤さん側の完全勝訴といってよい判決です。
ところが、大澤氏は、判決について「7:3で俺が大勝しました」とtweetして、現時点では裁判所から命じられた投稿削除にも応じていないようです。
請求額が110万円(慰謝料100万円、弁護士費用10万円)であったことを拠り所にしているようですが、33万円(慰謝料30万円、弁護士費用3万円)という金額は、いわゆる相場によっただけのもので、大澤氏に何らかの理があったことを理由として賠償額を減額したものなのでないことは法律を理解しているものであれば誰の目にも明らかです。
判決で「悪質な投稿」と断罪され、投稿の削除まで命じられているのに、反省の弁を述べることなく、開き直りとしかとれないtweetする姿勢には、これが元とはいえ大学の特任教授のすることなのかと、唖然としてしまいます。
伊藤さんは、「この判決がネットの誹謗中傷をなくすための一歩となることを心から願っています」とコメントされておられるようで、裁判所の認容した金額など二の次と考えておられると思いますし、おそらく大澤氏のtweetなど気にも止められていないのかもしれませんが、大澤昇平氏の開き直りのtweetを読むと、やはり裁判所の認める慰謝料が低すぎるのだという思いを強くせざるを得ません。
日本ではアメリカのPL訴訟で認められているような懲罰的慰謝料は一般的には認められていないのですが、パワハラ、セクハラ、そしてSNSで誹謗中傷については、余りに慰謝料が低額に過ぎると加害者側のやり得などという勘違い、開き直りを誘発することになりかねませんし、同種事案の再発を防止するための抑止力としても不十分です。
慰謝料の基準、相場については、やはり見直しが必要なのではないかと思います(もちろん、そのためには弁護士も相場に満足することなく頑張らなければなりません)。