作家・平野啓一郎氏の著書「『カッコいい』とは何か」(講談社現代新書)のなかに、モーターヘッドというロックバンドを率い、カリスマ的な人気を誇るレミー・キルスターが、ナチスの制服を身にまとったことを批判された際、ナチスに傾倒しているなどというのは「見当違いも甚だしい」「軍服を着て楽しんでいるだけで、誰にも迷惑をかけちゃいない」と述べたことを取り上げ、ナチスに共感しているわけでなければ、ナチスの制服その他のファッションを「カッコいい」と思うことは許されるのか、「カッコいい」と言ってよいのかということを検討している章があります。
平野氏は、「ホロコーストで九死に一生を得た人にとって、その過酷な体験と制服とは、記憶の中で一体化しており、断じて不可分である。そして、人類の大きな過ちとしてその歴史を学習した我々も、犠牲者たちの写真とナチスの制服とを、そう簡単に切り離すことはできない」「『カッコいい』対象の選択は、個人の自由である。しかし、少なくとも社会的には、一定の制限が設けられる」と述べて、ナチスの制服その他のファッションを「カッコいい」と考えることは許されないという結論を導いておられます。
本当に「カッコいい」文章で、思わず納得せずにはいられませんでした。
「ナチスを支持しているわけではない」としても、ナチスの制服を身につけることは許されません。
そうだとすれば、ナチスが行なってきたことを模倣したりすることも、やはり許される筈がありません。
「『カッコいい』とは何か」を読んだのは昨秋のことでしたが、この一節を思い出したのは、自民党がウェブサイトやツイッターで、ダーウィンの「進化論」と結びつけて憲法改正の必要性を訴える漫画を発信したことに、各方面から大きな批判が寄せられているからです。
共産党の小池晃書記局長が「まったく間違いだ」と断じ、「そもそも進化論を人間社会に当てはめることはやってはいけないというのが、ナチスの民族浄化や人種差別などをもたらしてきた歴史の教訓だ」と、精神科医でもある香山リカ氏が、「ダーウィンが言ってないことを取り上げてる。科学的間違い。 それを無理やり憲法改正に結びつける。論理的間違い。 そもそもダーウィニズムはナチスに悪用された歴史あり、取り扱い注意のはず。倫理的間違い。即、消去してください」とツィートするなど、各方面から大きな批判が集まっています。
6月27日、日本人間行動進化学会も、この漫画について進化論の誤用に反対する声明を発表していますが、そこでも、進化論について、「思想家や時の為政者によって誤用されてきた苦い歴史がある」ことが指摘されています。
誤用の代表格がナチスであったことは明らかで、自民党の方はナチスとは関係がないなどと弁解するのかもしれませんが、ナチスが誤用してきた進化論に、その手口に悪乗りするかのような漫画を発表することなど許される筈がありません。
2013年7月、当時、副総理だった現麻生財務大臣は、演説会で「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と述べ、大きな批判を浴び、発言の撤回に追い込まれていますが、同じような言動が繰り返されているわけで、この人たちは、実はナチスに傾倒しているとまではいわなくとも、「カッコいい」と思っているのではないか、本気でどこかで真似をしたいと考えているのではないかかと勘繰りたくもなります。
人類の過ちは後世に伝えて行かなければなりませんが、過ちを悪用したり、誤用したりすることは、繰り返しになりますが、絶対に許されないことで、そんなことをする人たちが考えている憲法改正、特に9条改正を認めるわけにはいきません。
時事通信が5月に実施した「憲法に関する世論調査」では、憲法9条に関しては「改正しない方がよい」との回答が69%に上り、安倍内閣を支持する人でも改正に反対する意見が賛成を上回ったようです。4コマ漫画が発表される前の世論調査ですが、多くの人たちは、私同様、安倍内閣が行なう憲法改正の危険性を察知しているからではないでしょうか。
ちなみに、ナチス憲法などという憲法はなく、ナチスはワイマール憲法下で誕生しているのですが、世界で初めて生存権を規定し、最も民主的と言われたワイマール憲法は、48条に非常大権(緊急事態)についての定めがあったため、ヒトラーはこの条項を濫用し、独裁を築いていったのです。
このような歴史を踏まえて成立した日本国憲法は、決して緊急事態条項を置き忘れたのではなく、その濫用の危険性故に敢えて緊急事態条項を置かなかったということも、私たちはきちんと理解しておく必要があります。
(アイキャッチ画像は負の世界遺産に指定されているホロコーストが行われたアウシュヴィッツ収容所です)