中学、高校の頃、一番なりたいと思っていたのは新聞記者でした。
年齢がわかってしまいますが、物心ついたときの総理大臣は7年8月の長期政権を築いていた佐藤栄作氏でした。
この佐藤首相が1972年6月に退陣する際の記者会見で、大勢の新聞記者を前に、「テレビカメラはどこかね」「ぼくは国民に直接話をしたいんだ。新聞になると違うんだ。偏向的な新聞が大嫌いなんだ。帰ってください」と言って、一度、引っ込んでしまってから、再び出てきて会見を始めようとした際、最前列にいた記者が、「総理、先ほどの新聞批判を内閣記者会として絶対に許せない」 と述べたところ、佐藤首相は、「出てください。構わないですよ」と答えるのですが、これに対し、冒頭で抗議した記者は「それでは出ましょう」と応じ、別の記者も「出よう、出よう」と呼応して、新聞記者全員が退室。佐藤首相は、無人の会見場で、テレビカメラを前に話をするということがありました。
まだ小学校6年生でしたが、偶然、テレビでこの会見を見ていて、首相=権力に媚びない新聞記者がエラくカッコよく、新聞記者になりたいということを大学2年頃までは真面目に思っていました(その後、方向転換をしたのは、自分には会社勤めは無理ということを自覚するとともに、記者になれば、昼も夜もなく、自由に酒を飲むこともできないのではないかと考えたことによります)。
この時、佐藤首相に毅然と抗議した新聞記者が、当時、毎日新聞の記者で、その後、NEWS23やサンデー・モーニングでも活躍しておられた岸井成格氏であったことは、岸井氏が昨年5月に亡くなられてから知りました。
岸井氏のような新聞記者は一昔前は決して少なくなかったと思いますが、最近の新聞を見ていると、岸井氏のような記者は極端に減っているのだろうなということを感じざるを得ません。もちろん、原因は個々の新聞記者だけにあるのではなく、新聞社の姿勢自体にもあるのだろうと思いますが、9条の会が数万人集めた集会を行っても、各地で原発NOの運動が大きく広がっても、これらを無視するか、せいぜい小さなベタ記事でしか掲載しない最近のマスコミを見ていると、いまのマスコミは、権力を監視するというマスコミ本来の役割について、どのように考えているのだろうかと疑問を持つことが少なくありません。
ただし、注意すべきは、そうしたマスコミの姿勢は、マスコミが自ら選択してきたものというよりも、時の政権によって攻め込まれてきた結果としての側面も小さくないと考えられることです。
「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングでの日本の順位は民主党政権下の2010年には178か国中11位でした。
ところが、第二次安倍政権では2016年、2017年は180か国中72位、2019年は67位と少し持ち直しているものの、それでG7(先進7カ国)中でも最下位です。
安倍首相は、何かあると民主党時代のことを批判し、「あの時代に戻ってはならない」と叫んでおり、たぶん、報道の自由度についても、民主党時代に戻ってはならないというのが本音なのだと思いますが、言論と表現の自由に関する国連のデービッド・ケイ氏が本年6月に国連人権理事会に提出した日本に関する新たな報告書は、「日本では政府が批判的なジャーナリストに圧力をかけるなど、報道の自由に懸念が残る」と警告しています。
まさに権力を批判する記事が掲載されなくなっている現状は、安倍政権下で、権力の圧力にマスコミが屈服して作り出された状況ということができますが、報道の自由は民主主義の根幹であり、現在の状況は民主主義の危機といわざるを得ません。
映画「新聞記者」は、まさにそうした状況に警鐘を鳴らすべく作られた映画だと思いますが、全国でもかなりヒットしているようで、14日、姫路で上映されていないので、加古川シネマで観てきました。
小さなスクリーンでしたが、午前9時45分からの上映だというのに、ほぼ満員。
主演の松坂桃季氏、シム・ウンギョンさん、そして周りを固めた北村有起哉氏ら、みな、本当によかった。殊に内閣参事官を演じた、田中哲司氏、ああいう役をやらせると右に出る者はいないという感じで、ラストはどう理解していいのか、今でも頭をひねっているところですが、現代日本の政治やメディアを取りまく危機的状況が本当にリアルに描かれていたと思います。
田中哲司氏演じる内閣参事官が、ラストに「この国の民主主義は形だけでいいんだ」とつぶやきますが、民主主義、立憲主義が形だけになったとき、その先に待っているのは権力者が何の足かせもなく自由にふるまえる独裁主義です。
そんな社会にならないよう、マスコミには権力の監視者として頑張ってほしいし(本当に応援しています)、私たち市民もひとりひとりが権力の横暴に目を光らせておかなければなりません。
映画「新聞記者」、上映している映画館は限られているし、上映期間もおそらくそんなに長くはないのではないかと思います。
まだの人、近くに上映館がある人、是非、観に行かれることをお勧めします。