播州平野(事務所報)の新年号にも書いたのですが、1976年、竹嶋健治弁護士(28期)の入所を契機に竹内信一法律事務所を現在の名前に改称した姫路総合法律事務所は、今年4月で創立50年の節目を迎えました。
竹内弁護士は1980年2月に亡くなられ、以降、事務所は竹嶋弁護士と前田正次郎弁護士(30期)の両名によって運営されており、3人目の弁護士として42期の私が入所したのは1990年4月のことです。
事務所のモットーは、弁護士の使命である基本的人権の擁護と社会正義の実現の志を持ち、社会の様々な矛盾を解消するために、民主的な勢力と共同し、播磨地域に根差した活動をするということで、竹嶋弁護士は、2013年、弁護士37年目を迎えた年に、事務所のホームページで「誠実に生きようとしている人々と共に、そうした人のために仕事がしたいという気持ちは変わりません。残る職業人としての期間はそう長くはないと思うと、一層その感を強くするのです」と述べておられました。
2015年、65歳だった竹嶋弁護士が急性脳溢血で、12月に67歳だった前田弁護士が急性心不全で急逝され、二本の大黒柱を一挙に失った事務所は大きな困難に直面しましたが、地域の民主的な勢力、そして依頼者の方々の激励の声に支えられ、事務所はこの時の困難を乗り越えることができました。
姫路総合法律事務所が創立50年を迎える今年、私は竹嶋弁護士がホームページを更新したときと同じ弁護士37年目を迎えます。
もう、残る職業人としての期間はそう長くないことを自覚しながらも、残った弁護士人生、竹嶋弁護士、前田弁護士が基礎を作り上げてくれた姫路総合法律事務所を守るため、竹嶋弁護士がホームページで述べていた「誠実に生きようとしている人々と共に、そうした人のために仕事がしたいという気持ち」を持ち続けて、微力ながらもう少し頑張っていきたい、改めてそうした気持ちを強くしているところです。

前田弁護士、竹嶋弁護士と(1996年10月、神戸での自由法曹団の総会にて)












