1960年に九州で生まれた私が初めて九州を出たのは1970年の大阪万博を観に行ったときのことでした。
まだ新大阪以西の新幹線は開通しておらず、大分から寝台列車に乗って大阪まで来たのですが、朝、目を覚ましたのが姫路駅に停車したときで、まさかここに住み着くことになるなどとは当時考えてもいませんでした。
初めての大阪で憶えていることは朝の通勤ラッシュの時間帯に乗った地下鉄御堂筋線の混雑ぶりと万博会場での人の多さです。
アメリカ館、ソ連館等の人気パビリオンは長蛇の列でとても入ることができず、入れたのは小さな国のパビリオンばかりで、どこに入ったのかもよく憶えていないのですが、万博のシンボルだった太陽の塔は鮮明に記憶に残っており、姫路に住み着くようになって、たまにガンバ大阪の試合を観に行くと(最近は全然行けていませんが)、スタジアム近くにある太陽の塔を見て、万博のことを思い出していました。
もっとも2025年に開催予定の大阪万博については、ほとんど興味を持てていません。
ただ、興味を持てない、大きな無駄になるのではないか、やらない方がいいのではないかという気持ちはあっても、強く反対するというところまでは個人的にはいっておらず、行きたい人は行けばよいというぐらいの気持ちしかなかったのですが、7月27日に配信された朝日新聞デジタルで、パビリオン建設が遅れていることを理由に、主催者である万博協会が政府に対し、来春(2024年4月1日)から建設業にも適用されることになる時間外労働の上限規制を万博に適用しないことを求めているという記事を読んで、主催者がそんな無茶苦茶を要求するような万博は中止にしなければならないという絶対反対の立場に変わりました。
いわゆる働き方改革のもとで、それまで36協定を締結することによって許される時間外労働の上限の基準は大臣告示によって定められていたものが、労働基準法に、上限を原則として月45時間、年360時間と定められ、罰則も設けられることになっています。
もっとも、建設業については、この上限規制が2024年3月31日まで猶予されることになっていたのですが、2024年4月1日、すなわち来年4月1日からは建設業にもこの上限規制が適用されることになります。万博におけるパビリオン建設ももちろん例外ではありません。
但し、労働基準法上の月45時間、年360時間という上限は原則に過ぎず、36協定に特別条項を定めればこの上限を超えて労働者を働かせることが可能になっています。
具体的には1か月最大で100時間まで、1年間で原則360時間の倍である720時間まで労働者を働かせることが可能となっているのです。
厚生労働省は、かなり以前から時間外労働時間が月100時間あるいは2~6か月平均で月80時間を超えると過労死の懸念が深まる旨を指針で明らかにしてきていたのですから、過労死ラインを超える時間外労働を認める上限規制の例外は、労働者の生命身体、健康をないがしろにしているとの批判を免れるものではありません。
働き方改革の定める上限規制なるものがザル法といわれる大きな問題点の一つです。
今回の万博協会の政府への要請は、上限規制を万博のパビリオン建設については、過労死ラインを上回る、この特別条項の定めに基づく上限についても適用を猶予せよというものに他なりません。
しかし、厚生労働省が作成したリーフにも、特別条項について、「臨時的な特別の事情がなければ、限度時間(月45時間・年間360時間)を超えることができません」ということが明記されているところ、2025年の大阪万博の開催が決定したのは2018年11月です。
災害が発生した場合の復興事業に従事させるような場合はともかく、開催まで6年以上もの期間があったのに、2024年4月から働き方改革で定められた労働時間の上限規制が建設業に及ぶことになることもとっくにわかっていたことなのに、建設が間に合わないなどというのは、主催者の怠慢以外の何物でもなく、その怠慢を棚に上げて過労死ラインを超える特別条項の定める上限規制さえ、その適用を猶予せよなどというのはとんでもない話です。
こんなことで例外を認めていたのでは、当事者の責任で予定の遅れた工事にも全て例外が認められることになり、例外である筈の特例が原則化するという本末転倒な結果を招くことになりかねません。
また、建設作業に従事する労働者の多くは肉体労働に従事するのですから、万博会場のパビリオン建設に従事する労働者に過労死ラインを超える長時間に服させる特例を認めることは、過労死を招来するというだけでなく、長時間労働による肉体的疲労の蓄積、パビリオン建設を開催予定時期に間に合わせるための効率化(労働安全衛生法規の無視)により重大事故を多発させる危険があることは誰の目にも明らかです。
昨年、カタールで開催されたサッカーW杯では、完成を急ぐ7つのサッカースタジアム等の建設現場に動員された移民労働者等が多数亡くなり、「史上最も死者を出したW杯」と批判されていますが、大阪万博が同じような批判を浴びることになる愚は絶対に避けなければならない事態です。建設作業に従事する労働者の誰一人が命を落とすことはもちろん、健康を損なうようなことがあってはなりません。
今回の万博協会の要請については、政権内部にも消極的な声が少なくないようで、日本建設業連合会の会長も批判されておられるようですが、当然といえば当然のことでしょう。
大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」というのだそうですが、輝くどころか消してしまうことになりかねない、労働者のいのちを粗末にするような暴挙によって万博を何とか予定どおりに開催しようというのであれば、そんな万博はさっさと中止にすべきです。
(アイキャッチ画像は2017年1月1日、パナソニックスタジアムで行われた川崎フロンターレと鹿島アントラーズの天皇杯決勝を観に行った際に撮影したものです)